vol.6 本文中から答え を探し出す

「先生、僕現代文が苦手なんですけど、どうすればいいですか?」
「現代文が出来ないが、やっても成績が伸びないのでどうしようもない」
「現代文の勉強法がわからない、やってもムダ」…

こういう言葉よく耳にしますが現代文は本当にやってもムダ、また勉強法がないのでしょうか。

またまた私事で恐縮ですが私は高校時代まではほとんど本も読んだ事がなく、高校の現代文で赤点を取った事さえあります。(またもでました赤点話)そんな私ですが生意気にも今は高卒生に現代文を指導したり、毎年受験しているセンター試験本番の現代文では毎年90%以上で満点の年も何回かあります。

(ちなみに今年は満点でした)こんな事を書いたのは別に自慢をしたいわけではなくて、18才の自分と現在の自分では何が違うのかを検証すれば、何かがわかるのではないかと思ったからです。

ポイント①語い力/大学の頃から人並には本を読むようになったし、現在の仕事柄、文章に触れる機会も多いので18才時から比べれば語い力は飛躍的にUPしています。実はこの語い力こそ現代文が出来るための第1の要因だと思っています。でも英語と違って国語の語い力不足は非常に気付きにくいものです。

つまり日本語なので読めてしまって本当は意味がわからないのにわかっていると思いこんでしまっている言葉が結構ある事に気付かないという事です。

例えば、相対、普遍、具体、具象、抽象、捨象、観念、形而上、有機、客体、恣意…読めるけど意味ははっきりしないものが多いのでは?また、カタルシス、アナロジー、パラドックス、メタファー、レトリック…等の外来語もあなどれません。

現文の授業をしていると文章が読める、読めない、問題が解ける、解けない以前に語い力のない人が大勢います。すぐに評論文用語集の類をやるべきです。

ポイント②答えは考えるのではなく問題文から探し出す/よく言われる事ですが、いざ問題を解く段階になると守られていないのがこの事です。当然ですが本文に書かれていない事は×です。現代文は解く、答えを考えるではなく「本文中から答えを探し出す」という事を肝に命じて丁寧に問題文を読む癖をつけるだけで相当実力がUPするはずです。この事は当然評論文だけでなく小説にもあてはまります。是非お試し下さい。(つづく)

追伸…何だかんだ言っても読書はした方がいいです。読書が好きではない人はあまり立派な本を選ばずにどんな分野でもいいから自分の興味のある分野(スポーツ、趣味など)からなら楽しく読めるかも。読書はあくまで楽しみなのですから。

vol.5 苦手科目においてはあまり深刻に ならず軽い気持ちで取り組むこと

「教科書を眺めてばかりいたってダメ。何度も書かないと覚えられないでしょ。」よく聞く言葉ですが本当に正しいのでしょうか。

少なくとも苦手科目や勉強の初期段階においては答えは「NO」つまり「書かない方がよい」と私は考えています。確かに英単語や歴史用語などを1回書くのと1回読むのでは「書く」方が覚えると思いますが、私が言いたいのは例えば1回書くのに10秒かかるのであれば1秒でできる「読み」を10回した方が効率がいいということです。日本史を例にとれば、最初から書いて覚えようとするとなかなか大変です。

特に最初に勉強する古代は難しい漢字や読めない漢字のオンパレードで挫折する可能性は大。(私は何度挫折したことか。高3の時、受験科目であるにもかかわらず赤点をとったほどです。)コツはあまり覚えようとか意気込まず軽く読み流す(これが大事!)。何度も何度も素早く読み返す。その際漢字とか気にしてはダメ。

すると不思議なことに次第にそれも短期間に頭に入ってくるのです。英単語も1000個覚えなければならない時、1日20個ずつ書いて覚えるなんてことではなく、1日で1~1000までとりあえず軽く目を通します。その次の日も1~1000まで、また次の日も…といった具合に続けます。1~2ヵ月もすればかなり頭に入っていると思います。少なくとも最初からスペルや意味を書くといったことは避けるべきだと思います。

勉強のコツは特に苦手科目においてはあまり深刻にならず軽い気持ちで取り組むことです。理解できないとか覚えられないとか気にせず、まずテキスト(薄目がよい)を1回さっと最後までやり何度も繰り返すことです。「あっさりしかし何度も」です。友達と競ってやり、勝った人にはジュースをおごるなんてゲーム性を取り入れたりすればさらにgoodです。

ゲラゲラ笑うほど受験勉強は楽しくはないかもしれませんが(でも点数が取れるようになると結構楽しいかも)つまんないから、大変だからといってやらないのは建設的ではないしおもしろくもないです。工夫をして勉強を楽しくしましょう。最後に幕末に活躍した高杉晋作の辞世の句を紹介します。

「おもしろきこともなき世をおもしろく」やっぱり歴史上の人物は言うことが違います。やられた。(つづく)

vol.4 勉強には生まれ持った才能が大いに関係しているのか

「A君は先生の説明を1回聞いただけでこの数学の難問がわかるなんてやっぱり数学の才能があるんだね。それにひきかえ私は何回聞いてもわからない。

数学の才能がないんだな。お父さんもお母さんも苦手だったって言ってたし」このような会話は誰でも1度はした事や聞いた事があると思います。この会話は要するに勉強には生まれ持った才能が大いに関係しているという事ですが、一体本当なのでしょうか?今回はこの事についての私見を書きたいと思います。

(あくまで大学入試レベル)ある教科がよく理解できるかどうかはそれまでにその教科についての知識がどれだけあるかが関係していると思います。(仮にこの知識量を経験値と呼ぶことにします)会話に出てくる「A君」と「私」の頭の中は下の図の様になっていると考えられます。

A君の頭は数学的分野の経験値が高い( 多い)ため外部からの数学的情報をきちんと受け取る事が出来ます。それに対し「私」の頭は数学的経験値が低い(少ない)ため、外部情報の大部分がすり抜けて頭の中に残りません。じゃ経験値はどうやって高める事ができるでしょうか。それはもちろん学習量を増やす事が第1ですが何も机だけの学習が経験値を高めるとは限りません。

A君の様な生徒は子供の頃、何かのきっかけで数学(算数)に興味を持ち始めたのだと思います。(算数のテストがよかった時親にすごく褒められた、「お父さんも数学が得意だったからお前もきっと得意になるはずだ」と言われた…等)興味を持つ事により自分周りにある様々な情報の中から特に数学的情報(雑誌、新聞、マンガ、テレビ、周りの大人等から)に目がとまり頭に経験値が蓄積されていきます。経験値が高くなるにつれ、理解しやすくなる⇒勉強をもっとやる⇒さらに経験値が高まる、といった好循環が生まれます。この様にして数学的経験値の高いA君はすぐ数学が理解でき、あまり勉強をしているように見えなくてもよく出来るという構図が出来上がります。

勉強に限らず興味があり経験値が高い分野の事はよく覚えられるという経験は誰にでもあるでしょう。逆に歴史的経験値においては「私」の方が高くA君よりよく出来るという事だってあるかもしれません。つまり少なくとも大学入試レベルにおいては生まれつきの才能は関係ないのです。

(ノーベル賞レベルの事は私の知るところではありませんが)世の中のお父さんお母さん、自分の不用意な一言によって子供がある教科、それどころか勉強自体を嫌いになってしまうかもしれません。

ウソでもいいから「お母さんは数学が得意だった」「お父さんに似てお前は英語ができるな」といった言葉をお子さんにかけましょう。「あなたが数学ができないのはお母さん譲りね」などとは口が裂けても言ってはいけません。ご用心ご用心!(つづく)

vol.3 自信がなせる技

塾を始めて間もない頃の生徒の話ですが、その生徒は進学校ではない高校の女の子で高1の冬に英語が全く出来ず、このままだと留年してしまうかも、との理由で来塾しました。過去の英語の定期試験の結果を持参していたので見せてもらうと、失礼ながら決して難しくないテストの点数がどれも10~20点なのでした。

聞けば中1から英語が大嫌いでわからないとの事。クラス授業は無理なので特別に個人的に見る事にしました。学校が終わったら毎日すぐ来るように言いました。(当時はまだ高卒部もなく、高校生も少なく時間的に自由がききました。授業がない日でも妻の手前出勤したフリをして、一日中田島や只見方面に好きな音楽を聴きながらドライブをして過ごした日もありました。

いい時代だったなぁ…)口数が非常に少なく自信がなさそうで、またまわりの事にも関心がなさそうな彼女でしたが真面目に毎日4時頃にはやって来ました。学校の教科書や中学の復習を少しづつやりました。無事進級が決まりましたがそのまま塾に通い続けてくれました。その後クラス授業にも参加し始めた彼女ですが、やはり誰ともほとんど口をきかず自信がなさそうで他人にも関心がなさそうでした。

事実同じクラスの他の生徒の名前さえも覚えていなかったぐらいです。その彼女が毎日塾に来て、日本史の勉強も一緒にやったおかげか、なんと東京6大学の1つに現役合格しました。その年の夏に彼女が塾に遊びに来てくれました。すると挨拶もそこそこに「先生、今ダイオキシン問題が大変ですね…」と時事問題を話し出しました。その後も大学の事とか自分の事とかを楽しそうに饒舌に話すのでした。

私はその変化に驚きましたが、それは“自信がなせる技”ではないかなと思いました。大学合格、それも有名大学合格が彼女に「私もやれば出来る」との思いを持たせ、自分に自信を持つ一因になったのは間違いないと思っています。何事にも自分に自信を持つ(過信はいけませんが)という事は大切です。大学受験にはこういった側面もあるのです。やっぱり大学受験はステキな事だと改めて思った私でした。(つづく)

vol.2 私が研究し会得し た驚異の勉強法

高校時代成績が最悪だった私が研究し会得した驚異の勉強法(大げさ!)を生徒へ実践してみると、これまた成績を大きく伸ばしてゆくのでした。例えば高校時代最下位を経験した生徒が一浪して早稲田や慶応義塾に合格したり、夏頃までセンター英語が80点ぐらいの現役生が本番で180点を取ったりしています。

また、ある合格体験記で読んだ事なのですが、オール3程度で合格できる公立高校に入学し、最初の試験でクラス最下位になった生徒が、高3の時にある本との出会いをきっかけに勉強を始め、3浪はしてしまったが東大理IIに合格したそうです。こういう例を毎年数多く見ていると、志望校や偏差値って一体何だろうと思います。

「模試の判定がDだから志望校を変更する」

「本当はA大学に行きたいが偏差値が足りないのでB大学にする」こういった事を耳にするとちょっと悲しい気持ちになります。私は常に志望校を決める時は生徒に「合格したら泣いちゃうぐらい嬉しい大学が志望校」そして「一度決めたら決してランクを下げない」とアドバイスしています。

「夢ばかり言ってられないだろう」という批判が聞こえてきそうですが、まだ17~18才の高校生が夢や理想を追いかけず目前の現実ばかり見ているなんて少し寂しい気がします。大抵の人にとって大学は一生に一度きりなのです。いたずらに浪人を薦めるわけではありませんが、「第一志望のためなら1度ぐらいの浪人もやむなし」という意見があってもいいのではないでしょうか。
(もちろん親の理解が必要ですが)若いのだから大望を持ちましょう。

Boys and Girls, be ambitious.です。

(つづく)

○参考資料/08年度の埼玉県立浦和高校東大合格者数33名中20名が、東京都立西高校東大合格者数28名中18名が浪人生です。

vol.1 初心を忘れない

早いもので会津に大学受験対象(高校部・高卒部)の塾を開いてこの春で15年目になります(まだ当時は20代だったんだなぁ)。これまでの経験を生かして、主に大学受験に関する情報を発信していきたいと思っています。

これから様々な事を書くにあたって自分の事を棚に上げ、生意気な事や立派な事を書く事もあると思いますので、今回はまず棚に上がる自分の事を多少書きたいと思います。これが今後の情報に説得力を持たせる事も多々あるはずですから。64年生まれの現在43才。会津高校に入学するも、生まれ持った甘い性格が影響してか1学期の成績は360人中356位!赤点4つは学年トップタイという偉業(?)を成し遂げてしまいました。

さらに1年生の学年末には359人中358位、見事なブービー賞だと思っていたら「1人入院している」の情報を親切な友人が教えてくれ「実質ビリ」の称号を得ました。この頃になると勉強を全くしないのは当然ですが「成績が悪い自分」に慣れてしまい(これ結構怖い事なんですけど)激しい劣等感にも襲われずこんなペースで高校3年間を過ごしてしまいました。当然の結果として大学受験は全敗。めでたく浪人の身となりました。

紙面の都合上、浪人時代の詳細は割愛しますが1浪目も現役時代に輪をかけて勉強せずに過ごし、またも全敗の憂き目にあいました(まぁ当然ですが)。2浪目(自宅浪人)も秋まではそれまで通りだったのですが、さすがに2浪目という事もありラストスパートをかけて中央大学商学部にめでたく合格しました(実はその年の現役生は60年に一度のひのえ午生まれで生徒数が激減した事と、新課程で学習内容が減った年という何百年に1度来るかどうかの超ラッキーな年だった事も見逃せません)。

その後ひょんな事から東京で現在のような仕事に携わりいよいよ本格的に勉強、特に英語の勉強をし始めました。本格的な勉強を始めて1年後ぐらいに力試しに受けた代ゼミの記述模試で英語の偏差値が80を越えて、福島県内の順位が1位(出身高校の県所属になるため)、日本史の勉強もしていた事もあってか私立文系3教科型では県内2位の成績でした。今考えれば英語を職業にしている人間が高校生対象の試験を受けたなら当然の結果なのでしょうが、その当時の自分はやっと本格的な勉強したばかりだったので正直びっくりしました。

その時「やっぱ俺って天才じゃん」と思わなかったわけではないのですが「こんなものでいいのかな。ちゃんとやれば成績って意外にすぐに上がるのでは!」この思いが現在の仕事にも大きく影響しています。「どんなに成績が悪くても、正しい方法で勉強を続ければ成績が上がる」「大学受験レベルで生まれつきの頭の良し悪しは関係がない」…など今では当たり前の事を気付いたのもこの経験からだったのです。

その後早稲田や慶応義塾に合格したりセンター試験を9年連続受け続けているのもそういう初心を忘れないよう、またこのような経験から生徒に何かフィードバックできるのではないかとの思いからなのです。(つづく)