vol.3 自信がなせる技

塾を始めて間もない頃の生徒の話ですが、その生徒は進学校ではない高校の女の子で高1の冬に英語が全く出来ず、このままだと留年してしまうかも、との理由で来塾しました。過去の英語の定期試験の結果を持参していたので見せてもらうと、失礼ながら決して難しくないテストの点数がどれも10~20点なのでした。

聞けば中1から英語が大嫌いでわからないとの事。クラス授業は無理なので特別に個人的に見る事にしました。学校が終わったら毎日すぐ来るように言いました。(当時はまだ高卒部もなく、高校生も少なく時間的に自由がききました。授業がない日でも妻の手前出勤したフリをして、一日中田島や只見方面に好きな音楽を聴きながらドライブをして過ごした日もありました。

いい時代だったなぁ…)口数が非常に少なく自信がなさそうで、またまわりの事にも関心がなさそうな彼女でしたが真面目に毎日4時頃にはやって来ました。学校の教科書や中学の復習を少しづつやりました。無事進級が決まりましたがそのまま塾に通い続けてくれました。その後クラス授業にも参加し始めた彼女ですが、やはり誰ともほとんど口をきかず自信がなさそうで他人にも関心がなさそうでした。

事実同じクラスの他の生徒の名前さえも覚えていなかったぐらいです。その彼女が毎日塾に来て、日本史の勉強も一緒にやったおかげか、なんと東京6大学の1つに現役合格しました。その年の夏に彼女が塾に遊びに来てくれました。すると挨拶もそこそこに「先生、今ダイオキシン問題が大変ですね…」と時事問題を話し出しました。その後も大学の事とか自分の事とかを楽しそうに饒舌に話すのでした。

私はその変化に驚きましたが、それは“自信がなせる技”ではないかなと思いました。大学合格、それも有名大学合格が彼女に「私もやれば出来る」との思いを持たせ、自分に自信を持つ一因になったのは間違いないと思っています。何事にも自分に自信を持つ(過信はいけませんが)という事は大切です。大学受験にはこういった側面もあるのです。やっぱり大学受験はステキな事だと改めて思った私でした。(つづく)

vol.2 私が研究し会得し た驚異の勉強法

高校時代成績が最悪だった私が研究し会得した驚異の勉強法(大げさ!)を生徒へ実践してみると、これまた成績を大きく伸ばしてゆくのでした。例えば高校時代最下位を経験した生徒が一浪して早稲田や慶応義塾に合格したり、夏頃までセンター英語が80点ぐらいの現役生が本番で180点を取ったりしています。

また、ある合格体験記で読んだ事なのですが、オール3程度で合格できる公立高校に入学し、最初の試験でクラス最下位になった生徒が、高3の時にある本との出会いをきっかけに勉強を始め、3浪はしてしまったが東大理IIに合格したそうです。こういう例を毎年数多く見ていると、志望校や偏差値って一体何だろうと思います。

「模試の判定がDだから志望校を変更する」

「本当はA大学に行きたいが偏差値が足りないのでB大学にする」こういった事を耳にするとちょっと悲しい気持ちになります。私は常に志望校を決める時は生徒に「合格したら泣いちゃうぐらい嬉しい大学が志望校」そして「一度決めたら決してランクを下げない」とアドバイスしています。

「夢ばかり言ってられないだろう」という批判が聞こえてきそうですが、まだ17~18才の高校生が夢や理想を追いかけず目前の現実ばかり見ているなんて少し寂しい気がします。大抵の人にとって大学は一生に一度きりなのです。いたずらに浪人を薦めるわけではありませんが、「第一志望のためなら1度ぐらいの浪人もやむなし」という意見があってもいいのではないでしょうか。
(もちろん親の理解が必要ですが)若いのだから大望を持ちましょう。

Boys and Girls, be ambitious.です。

(つづく)

○参考資料/08年度の埼玉県立浦和高校東大合格者数33名中20名が、東京都立西高校東大合格者数28名中18名が浪人生です。

vol.1 初心を忘れない

早いもので会津に大学受験対象(高校部・高卒部)の塾を開いてこの春で15年目になります(まだ当時は20代だったんだなぁ)。これまでの経験を生かして、主に大学受験に関する情報を発信していきたいと思っています。

これから様々な事を書くにあたって自分の事を棚に上げ、生意気な事や立派な事を書く事もあると思いますので、今回はまず棚に上がる自分の事を多少書きたいと思います。これが今後の情報に説得力を持たせる事も多々あるはずですから。64年生まれの現在43才。会津高校に入学するも、生まれ持った甘い性格が影響してか1学期の成績は360人中356位!赤点4つは学年トップタイという偉業(?)を成し遂げてしまいました。

さらに1年生の学年末には359人中358位、見事なブービー賞だと思っていたら「1人入院している」の情報を親切な友人が教えてくれ「実質ビリ」の称号を得ました。この頃になると勉強を全くしないのは当然ですが「成績が悪い自分」に慣れてしまい(これ結構怖い事なんですけど)激しい劣等感にも襲われずこんなペースで高校3年間を過ごしてしまいました。当然の結果として大学受験は全敗。めでたく浪人の身となりました。

紙面の都合上、浪人時代の詳細は割愛しますが1浪目も現役時代に輪をかけて勉強せずに過ごし、またも全敗の憂き目にあいました(まぁ当然ですが)。2浪目(自宅浪人)も秋まではそれまで通りだったのですが、さすがに2浪目という事もありラストスパートをかけて中央大学商学部にめでたく合格しました(実はその年の現役生は60年に一度のひのえ午生まれで生徒数が激減した事と、新課程で学習内容が減った年という何百年に1度来るかどうかの超ラッキーな年だった事も見逃せません)。

その後ひょんな事から東京で現在のような仕事に携わりいよいよ本格的に勉強、特に英語の勉強をし始めました。本格的な勉強を始めて1年後ぐらいに力試しに受けた代ゼミの記述模試で英語の偏差値が80を越えて、福島県内の順位が1位(出身高校の県所属になるため)、日本史の勉強もしていた事もあってか私立文系3教科型では県内2位の成績でした。今考えれば英語を職業にしている人間が高校生対象の試験を受けたなら当然の結果なのでしょうが、その当時の自分はやっと本格的な勉強したばかりだったので正直びっくりしました。

その時「やっぱ俺って天才じゃん」と思わなかったわけではないのですが「こんなものでいいのかな。ちゃんとやれば成績って意外にすぐに上がるのでは!」この思いが現在の仕事にも大きく影響しています。「どんなに成績が悪くても、正しい方法で勉強を続ければ成績が上がる」「大学受験レベルで生まれつきの頭の良し悪しは関係がない」…など今では当たり前の事を気付いたのもこの経験からだったのです。

その後早稲田や慶応義塾に合格したりセンター試験を9年連続受け続けているのもそういう初心を忘れないよう、またこのような経験から生徒に何かフィードバックできるのではないかとの思いからなのです。(つづく)